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このサイトは ringo の約3年に渡るバセドウ病との闘病生活の記録です(笑) とりあえず ringo 自身に一大転機が訪れたので、それを記念してここにアップします。 おんなじような病気で悩む人の不安や苦しみが、少しでも解消されますように、、、、。 ただし、ここは言うまでもなく ringo の個人サイトです。 なので、独断と偏見に凝り固まった日記であることは言うまでもありません。(笑)
<序> ん?? なんだか変だぞ? このめちゃ寒い京都の2月ってこんなに暖かかったっけ? そう思い始めて1週間、7キロもの体重が落ちていました。もともと体脂肪率が20%ギリギリのあたしは 体脂肪はとうとう11%代にまで落ち込んでしまいました。わずか1週間ほどで。 will go on*1 や 墓場*1 などのサイトで出してる体の線はカーブから直線になってしまいました。 それは、癌だと思い込んだ以上にショックだったことは言うまでもありません。(・・;) だってブラが合わなくなって来たんですもの、、、(TT) けれど病院へは行けませんでした。ホントに癌だと診断されたときのことを考えるとなかなか覚悟が決まらな
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<片岡診療所> (片岡医師) 意を決して行った割に先生のリアクションは少ないぢょ。開口一番に言われたことが でした。あたしは何のことだかさっぱり分からず、はあ?おっしゃる意味がよく理解できません、と言いました。 先生はその問いには答えずすぐにできますから甲状腺の検査をしましょう、とおっしゃたのです。 謎はますます深まるばかりでした。コウジョウセン? メガデテル? うぅ〜む謎だわ、、、、。 帰って家庭の医学書でも見ようかと思いました。が、カッタルイ上にどうやら癌ではなかったようだという安堵感も 手伝って、そのコウジョウセンやメガデテルというあたしにとっての宇宙語(?)をそのまま忘れてしまいました。 4、5日して片岡先生から電話がかかってきました。"コウジョウセンガ コウシン シテイルヨウデス" そのときもまったく理解不能でした。<ちとくらい勉強しろよおって感じですがあ、、、(・・;) とりあえずは広辞苑で調べてみました。コウジョウセン=甲状腺 コウシン シテイル=亢進している なんとなく理解できたあたしは早速先生のところに行き、今後どうすれば良いかを聞くことにしました。 先生は、とりあえず近所の済生会病院で精密検査を、、、と言われました。
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<済生会京都府病院> (稲田医師) 片岡先生の紹介状があるけれど、気が進まないな、、、と思いつつ<済生会病院(^^;; とりあえず検査を受けることにしました。だけどその前に当時付き合ってた彼が美味いものでも食べようと言う ところが、食事が終わるに連れて気分が悪くなってきたのです。今まで感じたことのない嘔吐と目眩、 なかなか帰ってこないあたしに不安を抱いたその彼は、トイレへ駆けつけたそうです。 あたしはトイレを汚し(一度は流したのですが(^^;;)便器を抱くようにしてくたばってた(?)そうです。 それから今日まで呑んだと言う感じでアルコールを口にしたことはありません。話がちと逸れてしまいました。(・・;) とりあえず、済生会病院へ行くと、MRIだのRIだのなんやらかんやら数万円の検査をしていただきましたわ。 で、診察してくださったのはなんと消化器ご専門の稲田先生でした。その病院には甲状腺関係の先生は いらっしゃらないとか、、、。それを知ったときあたしは(゚゚;)げげげと思いましたが、、、。はぁ〜・・・しゃあないな。 最初にメルカゾールという薬をいただきました。処方通り3日ほど服用していると、全身発疹ができ、お腹を "蕁麻疹だなんだのって言って、この薬を飲まなければ君は死ぬぞっ!!!" と脅すように言った稲田医師 医者という立場って研究者と違って人を治すことが仕事なんぢゃないのかあ? ねえ?稲田医師? あたしはその稲田医師の言ったことをそのまま前述の片岡先生に言いました。 "そんなこと言いましたか、彼は専門じゃないですからねえ。そんなことなら少々遠くても最初から 京大病院を紹介すればよかったです。" 「遅いんですよ、先生!」と言いたいのをこらえて家に帰りました。
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<京都府立医科大学付属病院> (中田医師) 結局、ご大層な検査をしてもらった結果を生かさないのはもったいないという父の意見を取り入れて、 済生会病院と同系列の府立医大病院への紹介状をとることにしました。わしが取りに行ってやろうと言って 彼の奥さんが取りに行ったとか。あたしはそれを聞いて更に不機嫌になり、、、(笑) だって、こんなことで借りを作りたくないし、第一自分で取りに行くと約束していた父がすっぽかしたことに 腹が立ったのです。ですが、まあそんなこんなでとりあえずは専門の先生を見つけることができて一安心しま なんとなく理にかなっているようで、なんとなく東洋医学っぽくて、、、。 まあだけどあの変な薬から解放されるんなら、、、と考え、中田先生の治療方針を受け入れることにしました。 けれど、その後約半年、あたしの病状は悪化の一途をたどっていたようです。 12月には真冬だと言うのに外にはサングラスをかけなければ出かけられない、サングラスをかけるとグラスが 「ほぅ病状が悪化したからと言って投げるのか、、、、、。この先生は。」 そのときあたしの中に本当に医療&医師不信が芽生えたことはいうまでもありません。 まあ中田先生も放った分けぢゃないとは思いますが、悪化してゆく半年を返せ!と言いたくなるにゃ。 手に負えないような治療を薦めるな! これも言いたいですナ。
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<隈病院> (隈医師) なんだかなあ〜・・・ 神戸まで遠いナなどとブツブツ言いながら久々に阪急電車に乗りました。懐かしくて 隈病院は神戸高速の花隈という駅から徒歩3分という立地の良さ。だけど、新患の申し込みなのに、診療 はぁ最近鉛筆なんか持ってないから疲れるわ、、、。<すでにPC人間(^^;;A その後、3時間近く待たされため息ばかりつき出したころ、ようやく、名前を呼ばれました。中待合で、、、 (゚゚;)うげ、まだ中待合かよお、、、、 shitと言いたくなるのを我慢し待ちました。待ちに待ちました。 初めて見る隈医師は白髪の柔和そうな紳士面とした方でした。下唇が分厚くて色が悪くて先生自身 <そこまで言う(自爆) 紹介状をまもなくたたんだ隈医師は "明日も来れますか? 来てください。今日これからレントゲンなどの 言うまでも無くあたしの目は点になり、必要ねえ、、、。そんなのって医者以前の自分の常識の問題ぢゃな 検査技師がへいきでこっちを見ているみたいな、、、。あれはなぜか大変な屈辱を感じましたナ。 なんか胸隠して歩くのも変だし隠さなきゃモロ見えだし、、、。あと、血液がどれだけ早く固まるかと言う検査。 これって入院するから、もっと言えば手術するから必要なんぢゃないの? って。とりあえず、次の日もこの病院へ足を運びました。ようやく鬱陶しい検査たちが終わり、また昼を大きく (゚゚;)\(--;)オイオイ あんなに苦労して時間と金を費やしてやった検査結果云々を言わないのかあああ? 隈医師は、紹介状の中に書いてあったのだろう、薬が合わなかったことにだけ焦点を当て、冷たく平然と そう言い放ったのです。そんなこと言うために2日間も費やして検査したのかあ? 「先生、甲状腺って全部取ってしまえば、なくても平気な臓器なんですか?」 "もちろん、それを補うため死ぬまで一生薬を飲みつづけなければなりません。" 「なぜ全部とってしまうという結果になるんですか?」 "君の体に薬は合わないし、一部残して手術して今度再発したら治療の方法がないからね。" 「先生、あたしはそれは治療の一手段だとは考えられませんね。」 隈医師は何か怒鳴ったような気がしましたが、あたしは馬鹿馬鹿しくなって2度と隈病院へは行きませんで まったく、人の体をなんだと思ってるんでしょう。 だけど生身の体にそれを該当させるんですかあ? その上、彼自身の目であたしの体に薬が合わないという結果を見たわけではないぢゃん?? あたしは平均年齢からすると、あと50年以上も生きるんです。あなたの病院から50年以上も、 そればかりかそういう親衛隊もどきがもう既にいらしゃるのでは? ふふん(笑)
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<宮武内科> (宮武医師) ここの病院はとある会社社長の同級生で、内分泌に詳しいから、、、ということで彼から直接宮武医師へ ここで思う存分隈医師の悪口を言ってやろうと手薬煉を引いて待っていたあたし。(・・;) 大阪のど真ん中、キレイなビルの上の方に宮武内科はありました。あの社長の同級生の年でこんなりっぱな "どうも、ringoさん、○○から聞いてますよ" ringoさんとは言わなかったがあたしの本名を呼んでくれたの "隈先生は偉大な人だからね" あたしは、席を立ちました。 なんぢゃそれ 隈医師の回しもんかい <この二言は彼には言っておりません(笑) 後に聞いた話、宮武医師は隈病院に勤務していたことがあるらしい。(激爆) やぱ回しもんだった!(爆爆)
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<関西電力病院> (永田医師) 1997年の冬は自分の納得する治療がまったくできなかったわ! 自分が思うような効果をあげられなかった "この病気は根気が必要です。" "色んな検査ができますが、まあ検査しても治るわけではありませんから、 辞めましょう" う゛ 変な先生だと思いつつ、患者に極力負担をかけさせたくないという先生のご好意に こういう先生もいるのだなあ、、、、。それから約2年間、永田先生にお世話になりました。
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<野口病院> (担当医制なし) 1998年12月7日、夕方遅くに非常に失礼な内容のメールを出しました。あたしが医者だったら、きっと、 なんぢゃこれって思うような、、、。抽象的で非常に答え辛い、、、内容のメールです(^^;; その病院の院長自ら返信してださったのは、12月9日でした。 あたしは驚きました。大変失礼なことにマジな答えが返って来るとは思っていませんでした。 普通の病院は電話での診療も費用をいただきますって書いてあるし、、、(笑) * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 件名: 抗甲状腺剤で治らないのですが、早く治癒できる方法は 送信日時: 1998年12月8日 07:37 ---------- 送信日時: 1998.12.07 19:12 質問内容: 甲状腺亢進症と診断されて約2年8ヶ月経ちます。今はプロパジールという薬を一日3錠飲んで 関西電力病院の永田先生にかかっていますが、検査結果は治癒にはまだほど遠いとおっしゃいます。 隈病院で隈先生の診察も受け、甲状腺を全部とってしまえば良いと言われました。 が、それは治療ということを考えた場合、まるで納得が行きませんでした。 大変抽象的な質問で申し訳ありませんが、早く治癒したいのです。私の意識では投薬・手術・放射線 その辺のことを教えていただきたいのですが。大変ナマイキな質問内容で恐縮です。 ---(先生の答え・要約 12.09)------- ・一般的に手術が最も確実で早く治る方法で入院期間は2〜3週間。 ・全ての手術は全身麻酔、甲状腺の一部を残し、術後に甲状腺機能が正常になる。 ・手術の痛みについては、手術後まだ麻酔が十分に醒めない内に痛み止めを使用することでコントロール ・甲状腺機能が正常になるのに数ヶ月から一年程度かかる場合もある。 ・手術の瘢痕については、縫合法の工夫と手術後に傷の状況を診、適切な薬を使うので殆どわからなく ・要は上手に丁寧な手術と手術後の管理をうまくすることが出来れば、手術は最も良い治療法であるが、 上手に丁寧な手術をするという事が難しい事なのかも知れない。上手な外科医が必ずしも患者の気持ち * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * あたしはこの先生の返信メールで、野口病院で手術を受けることを決断しました。 また入院期間中の日記や手術後の写真については、こちらをご覧ください。
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