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このサイトは ringo の約3年に渡るバセドウ病との闘病生活の記録です(笑)

とりあえず ringo 自身に一大転機が訪れたので、それを記念してここにアップします。

おんなじような病気で悩む人の不安や苦しみが、少しでも解消されますように、、、、。

ただし、ここは言うまでもなく ringo の個人サイトです。

なので、独断と偏見に凝り固まった日記であることは言うまでもありません。(笑)

 

facbul1a.gif (527 バイト) 3年の軌跡 facbul1a.gif (527 バイト)                     
19962月中旬

   〜 きっとこの頃、発病したんだろうな、、、、 今そう思います。

19964月末 片岡診療所
(長岡京市)
片岡
医師
元京都大学付属病院の外科の先生
19965月初旬 済生会京都府病院
(長岡京市)
稲田
医師
消化器の先生
19965月中旬 京都府立医科大学
付属病院

(京都市)
中田
医師
病院の講師で内分泌の先生
19971月初旬 隈病院
(神戸市)

医師
院長で外科の先生、甲状腺専門の病院。後で知ったのだが、当病院の先代は別府野口病院で修行の後、開院したらしい。
19973月? 宮武内科
(大阪市)
宮武
医師
内分泌&アレルギーの先生。後で知ったのだが、隈医師の弟子らしい(?)
19973月下旬 関西電力病院
(大阪市)
永田
医師
内分泌専門の内科の先生
199931 野口病院
(別府市)
担当医
制なし

甲状腺専門の病院。
入院中の手記はこちらから。写真はこっち

  facbul1a.gif (527 バイト) email facbul1a.gif (527 バイト) 

19996月中旬

手術後 100

通院破産に追い込まれつつ(・・;) 見てねえ
20006月中旬

手術後1年と100

甲状腺たちのつぶやき”を掲載中♪
   

 

ん?? なんだか変だぞ? このめちゃ寒い京都の2月ってこんなに暖かかったっけ? 

そう思い始めて1週間、7キロもの体重が落ちていました。もともと体脂肪率が20%ギリギリのあたしは

真っ青になりました。こんなに急激に体重の減るのは癌以外に考えられない、、、。

食べても食べても痩せ細って行くあたしのカラダ。

体脂肪はとうとう11%代にまで落ち込んでしまいました。わずか1週間ほどで。 

will go on*1 や 墓場*1 などのサイトで出してる体の線はカーブから直線になってしまいました。

それは、癌だと思い込んだ以上にショックだったことは言うまでもありません。(・・;)

だってブラが合わなくなって来たんですもの、、、(TT)

けれど病院へは行けませんでした。ホントに癌だと診断されたときのことを考えるとなかなか覚悟が決まらな

かったのです。そして、風邪のような症状になりいよいよ行かなきゃあ、、、はぁ〜… 清水の舞台から飛び

降りる覚悟で(ウソウソ(^^;;) 近所の片岡診療所へ行くことにしました。

その間約2ヶ月、あたしはガラにもなく悩んだのでした。


*1
ringoのもうひとつの個人サイトです。(o^^o)

 

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片岡診療所 (片岡医師)

意を決して行った割に先生のリアクションは少ないぢょ。開口一番に言われたことが 

"ん?目が出て来てませんか?"

でした。あたしは何のことだかさっぱり分からず、はあ?おっしゃる意味がよく理解できません、と言いました。

先生はその問いには答えずすぐにできますから甲状腺の検査をしましょう、とおっしゃたのです。

謎はますます深まるばかりでした。コウジョウセン? メガデテル? うぅ〜む謎だわ、、、、。

帰って家庭の医学書でも見ようかと思いました。が、カッタルイ上にどうやら癌ではなかったようだという安堵感も

手伝って、そのコウジョウセンやメガデテルというあたしにとっての宇宙語(?)をそのまま忘れてしまいました。

4、5日して片岡先生から電話がかかってきました。"コウジョウセンガ コウシン シテイルヨウデス" 

そのときもまったく理解不能でした。<ちとくらい勉強しろよおって感じですがあ、、、(・・;)

とりあえずは広辞苑で調べてみました。コウジョウセン=甲状腺 コウシン シテイル=亢進している

なんとなく理解できたあたしは早速先生のところに行き、今後どうすれば良いかを聞くことにしました。

先生は、とりあえず近所の済生会病院で精密検査を、、、と言われました。

 

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済生会京都府病院 (稲田医師)

片岡先生の紹介状があるけれど、気が進まないな、、、と思いつつ<済生会病院(^^;;

とりあえず検査を受けることにしました。だけどその前に当時付き合ってた彼が美味いものでも食べようと言う

ので、とあるレストランへ行きました。アルコール大好きのあたしはビールとワインを注文しご機嫌♪

ところが、食事が終わるに連れて気分が悪くなってきたのです。今まで感じたことのない嘔吐と目眩、

動悸、、、。うぅぅぅ気分悪ぅ〜… 恐怖でした。”ちとトイレ、、、、”

食事中とは思いましたが極力何気ない顔で席を立ちました。

なかなか帰ってこないあたしに不安を抱いたその彼は、トイレへ駆けつけたそうです。

あたしはトイレを汚し(一度は流したのですが(^^;;)便器を抱くようにしてくたばってた(?)そうです。

それから今日まで呑んだと言う感じでアルコールを口にしたことはありません。話がちと逸れてしまいました。(・・;)

とりあえず、済生会病院へ行くと、MRIだのRIだのなんやらかんやら数万円の検査をしていただきましたわ。

で、診察してくださったのはなんと消化器ご専門の稲田先生でした。その病院には甲状腺関係の先生は

いらっしゃらないとか、、、。それを知ったときあたしは(゚゚;)げげげと思いましたが、、、。はぁ〜・・・しゃあないな。

最初にメルカゾールという薬をいただきました。処方通り3日ほど服用していると、全身発疹ができ、お腹を

下し吐き気がしました。アルコールを呑んだときほどぢゃあないにしろ、発疹の痒さにも吐き気にも我慢できず

夜間でしたが、その病院へ救急で行きました。点滴をしてもらって何時間か休み、その日は家に戻ることに

しました。当直の先生に明日必ず稲田先生を訪ねてくださいと言われました。その言葉がどれほどあたしに

重くのしかかったかあ!(笑) 翌朝彼を訪ね薬を使わない治療方法はないのかと聞きました。

"蕁麻疹だなんだのって言って、この薬を飲まなければ君は死ぬぞっ!!!" と脅すように言った稲田医師

の顔は今でも忘れられないですねえ、、、。 医者が患者を脅してどないすんねん そう思いましたナ。

医者という立場って研究者と違って人を治すことが仕事なんぢゃないのかあ? ねえ?稲田医師?

あたしはその稲田医師の言ったことをそのまま前述の片岡先生に言いました。

"そんなこと言いましたか、彼は専門じゃないですからねえ。そんなことなら少々遠くても最初から

京大病院を紹介すればよかったです。" 「遅いんですよ、先生!」と言いたいのをこらえて家に帰りました。

 

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京都府立医科大学付属病院 (中田医師)

結局、ご大層な検査をしてもらった結果を生かさないのはもったいないという父の意見を取り入れて、

済生会病院と同系列の府立医大病院への紹介状をとることにしました。わしが取りに行ってやろうと言って

た父でしたけれど、結局自分で行くのが面倒なのか、彼の言う通りクソミソに言ってしまうのがコワイのか、

彼の奥さんが取りに行ったとか。あたしはそれを聞いて更に不機嫌になり、、、(笑)

だって、こんなことで借りを作りたくないし、第一自分で取りに行くと約束していた父がすっぽかしたことに

腹が立ったのです。ですが、まあそんなこんなでとりあえずは専門の先生を見つけることができて一安心しま

した。中田先生はどういう立場なのかよく分かりませんが、その病院内では講師という立場のようです。

後で聞いたらそこそこエライ立場ということでしたが、とりあえずは稲田医師のように死ぬぞと脅す医師ではなく、

患者の立場にたって考えてくれそうな、そんな印象の先生でした。稲田医師の紹介状を読み終え、

彼は抗甲状腺剤がダメなら反対の方法で治療してみましょうか?と提案してくれました。なんというのか知りま

せんが、甲状腺が大きくなるとヨードを多く摂取するのでヨード分の多い食品(=いわゆる海藻)は控えるように

とかって言われていましたが、これからはその逆でヨードを大量に摂取し、甲状腺ホルモンの崩れたバランスを

もう一度アンバランスに持って行けば、治ることがあるというような説明を受けました。

ふうん、、、。 とはこのこと。

なんとなく理にかなっているようで、なんとなく東洋医学っぽくて、、、。

まあだけどあの変な薬から解放されるんなら、、、と考え、中田先生の治療方針を受け入れることにしました。

けれど、その後約半年、あたしの病状は悪化の一途をたどっていたようです。

12月には真冬だと言うのに外にはサングラスをかけなければ出かけられない、サングラスをかけるとグラスが

目蓋に当たる、陽光がしみるように痛い=角膜の傷が増えた=眼球が突出してきたので目を閉じて

眠っていないという思わぬ方向へ病気は進行したようです。

中田先生はもう自分の手に負えないとおっしゃいました。そこで、神戸の隈病院を紹介されたのです。

「ほぅ病状が悪化したからと言って投げるのか、、、、、。この先生は。」

そのときあたしの中に本当に医療&医師不信が芽生えたことはいうまでもありません。

まあ中田先生も放った分けぢゃないとは思いますが、悪化してゆく半年を返せ!と言いたくなるにゃ。

手に負えないような治療を薦めるな! これも言いたいですナ。

 

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隈病院 (隈医師)

なんだかなあ〜・・・ 神戸まで遠いナなどとブツブツ言いながら久々に阪急電車に乗りました。懐かしくて

少しだけ嬉しい☆ 神戸方面に電車で行くのってば何年振り?、、、、。震災に遭ってからは電車でなぞ

行ったことないにゃ、、、。 などと、小学生の遠足気分で出かけました(笑) 

帰りは三ノ宮でもショッピングするかなと呑気に構えつつやはり神戸は遠かったナ。

隈病院は神戸高速の花隈という駅から徒歩3分という立地の良さ。だけど、新患の申し込みなのに、診療

の参考にするとかで、病気になる前後に精神的苦痛だと思われるような出来事はあったかどうかとか家族

構成はどうだとか、両親は健在かどうかとか、、、 そんな超プライベートなことを書かされました。書かなきゃ

診察できません、そこの看護婦さんがそのような意味のことを言ったので、諦めてあれやこれやと書きました。

はぁ最近鉛筆なんか持ってないから疲れるわ、、、。<すでにPC人間(^^;;A 

うぅ漢字もわかんないわ、、、(自爆)

その後、3時間近く待たされため息ばかりつき出したころ、ようやく、名前を呼ばれました。中待合で、、、 

(゚゚;)うげ、まだ中待合かよお、、、、 shitと言いたくなるのを我慢し待ちました。待ちに待ちました。

初めて見る隈医師は白髪の柔和そうな紳士面とした方でした。下唇が分厚くて色が悪くて先生自身

病気ぢゃないの?と一瞬思ったのですが(ごめんちゃい(^^;;) 紹介状の裏面を一瞥し、 

"府立医大病院? 中田??知らんな" 

その尊大な態度に嫌悪感を感じたのは言うまでもありません。知らない人を呼び捨てにするかあ?

<そこまで言う(自爆)

紹介状をまもなくたたんだ隈医師は "明日も来れますか? 来てください。今日これからレントゲンなどの

検査を受けてください。時間はかなりかかりますがね。"  は? とりあえずは検査省略するための紹介状

なのでは? それにとうに昼をまわってるぢょ? あたしはお腹減ってるんだぢょ? 彼は強引にあたしに検査

を受けさせたいようでした。その上 "これ、紹介状もらってますが、返事は必要ですか?" だって。<隈医師

言うまでも無くあたしの目は点になり、必要ねえ、、、。そんなのって医者以前の自分の常識の問題ぢゃな

いの?<これは言いませんでしたが、かなり切れかけていたのは言うまでもありません。(笑)

お腹もペコペコだったし。済生会病院の設備と比較すれば、1世代も2世代も古めかしい検査機器の数々。

否、病院自体が古かったのでそう見えたのかもしれません。一番ヤだあと思ったのは、レントゲン撮るとき

上半身裸になれとかって言われますが、脱衣場から機器までの距離がかなりあって、遮ってくれるパーテー

ションすらなくって、、、、。

検査技師がへいきでこっちを見ているみたいな、、、。あれはなぜか大変な屈辱を感じましたナ。

なんか胸隠して歩くのも変だし隠さなきゃモロ見えだし、、、。あと、血液がどれだけ早く固まるかと言う検査。

これって入院するから、もっと言えば手術するから必要なんぢゃないの?

なんで、まだ不要だと思われるような検査までするのかなあ??

こういう不信感ってばかなり増長しました。はっきり言えば目的は金儲けぢゃないの?

って。とりあえず、次の日もこの病院へ足を運びました。ようやく鬱陶しい検査たちが終わり、また昼を大きく

回って診察になりました。隈医師は "薬が合わないんなら甲状腺を全部とってしまいましょ。"

(゚゚;)\(--;)オイオイ あんなに苦労して時間と金を費やしてやった検査結果云々を言わないのかあああ?

隈医師は、紹介状の中に書いてあったのだろう、薬が合わなかったことにだけ焦点を当て、冷たく平然と

そう言い放ったのです。そんなこと言うために2日間も費やして検査したのかあ?

不信感は募るばかりでした。

「先生、甲状腺って全部取ってしまえば、なくても平気な臓器なんですか?」

"もちろん、それを補うため死ぬまで一生薬を飲みつづけなければなりません。"

「なぜ全部とってしまうという結果になるんですか?」 

"君の体に薬は合わないし、一部残して手術して今度再発したら治療の方法がないからね。"

「先生、あたしはそれは治療の一手段だとは考えられませんね。」

隈医師は何か怒鳴ったような気がしましたが、あたしは馬鹿馬鹿しくなって2度と隈病院へは行きませんで

した。もちろん、後で訴えられてもイヤなので検査代と診察代はきっちり会計へ督促し支払って帰りました。

まったく、人の体をなんだと思ってるんでしょう。

この隈医師の言う根源を絶つという理論は、確かに効果的で理にかなってるかもしれません。

だけど生身の体にそれを該当させるんですかあ?

その上、彼自身の目であたしの体に薬が合わないという結果を見たわけではないぢゃん??

あたしは平均年齢からすると、あと50年以上も生きるんです。あなたの病院から50年以上も、

毎月毎月薬を買ってあげれば、さぞかしあなたの病院は潤うでしょうね? 

隈医師、あなたが死んでからも、、、(笑)

そればかりかそういう親衛隊もどきがもう既にいらしゃるのでは? ふふん(笑)

 

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宮武内科 (宮武医師)

ここの病院はとある会社社長の同級生で、内分泌に詳しいから、、、ということで彼から直接宮武医師へ

電話をいれてもらって行った病院なのら。<そういう彼とはいまでもときどきめるともでし(o^^o)

ここで思う存分隈医師の悪口を言ってやろうと手薬煉を引いて待っていたあたし。(・・;)

大阪のど真ん中、キレイなビルの上の方に宮武内科はありました。あの社長の同級生の年でこんなりっぱな

医院が開けられるのだな。スゴイスゴイとブツブツ言いながら待つこと数分、にこやかな笑顔で対面しました。

"どうも、ringoさん、○○から聞いてますよ" ringoさんとは言わなかったがあたしの本名を呼んでくれたの

でした。そして、あたしが隈病院のこと、隈医師が甲状腺を全部とってしまえ!と言われたことを言いました。

宮武医師は間髪をいれず、"隈先生がおっしゃったなら絶対だよ"  あたしは自分の耳が信じられず、

「は(゚゚;)?」と言いました。

"隈先生は偉大な人だからね" あたしは、席を立ちました。

なんぢゃそれ 隈医師の回しもんかい <この二言は彼には言っておりません(笑)

後に聞いた話、宮武医師は隈病院に勤務していたことがあるらしい。(激爆) やぱ回しもんだった!(爆爆)

 

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関西電力病院 (永田医師)

1997年の冬は自分の納得する治療がまったくできなかったわ! 自分が思うような効果をあげられなかった

のでとてもイライラしていました。病状は悪化の一途。自分でもそれが解っていたから。

見かねた父はRCで付き合いのある医者に、紹介を頼んだようでした。

あたしは1度付け届けをしました、、、(^^)v で、その先生の後輩で関西電力病院に勤める永田先生を

紹介していただくことになりました。その先生はあたしを診察してくださってるときに永田先生宛てに電話をし、

お願いしてくださいました。父はこのとき、だけど医者に情けは禁物! と言いましたが、そんなことこの1年で

よお〜っく解っているわ! って感じでした(笑) 永田先生の治療が始まりました。

"この病気は根気が必要です。"  "色んな検査ができますが、まあ検査しても治るわけではありませんから、

辞めましょう"  う゛ 変な先生だと思いつつ、患者に極力負担をかけさせたくないという先生のご好意に

あたしのなかに芽生えてた医療&医師不信の芽は、わずかながら小さくなったような気がしました。

こういう先生もいるのだなあ、、、、。それから約2年間、永田先生にお世話になりました。

血液検査の内容のことはほとんど知らされていませんが、伺う度に "まだまだですナ" この一言に終始しまし

た。治療も
2年めに差しかかろうとしたとき、あたしはひょんなことから、京都から遠く離れた別府市の野口病院

のことを知ったのです。その病院や先生の考え方をよく知りたくなり、E-mailで質問を出してみました。

 

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野口病院 (担当医制なし)

1998127日、夕方遅くに非常に失礼な内容のメールを出しました。あたしが医者だったら、きっと、

なんぢゃこれって思うような、、、。抽象的で非常に答え辛い、、、内容のメールです(^^;; 

その病院の院長自ら返信してださったのは129日でした。

あたしは驚きました。大変失礼なことにマジな答えが返って来るとは思っていませんでした。

だってタダだし、、、。

普通の病院は電話での診療も費用をいただきますって書いてあるし、、、(笑)  

けれど中には日付と院長の名前が記され、あたしはますます興味を引かれました。

ここに、あたしの失礼なメールと院長先生の返信内容の要約を掲載させていただきます。

なお、ここでとりあげている医療機関・医師名以外はアルファベット表記です。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

件名: 抗甲状腺剤で治らないのですが、早く治癒できる方法は

送信日時: 1998128 07:37

----------

送信日時: 1998.12.07 19:12

質問内容: 甲状腺亢進症と診断されて約2年8ヶ月経ちます。今はプロパジールという薬を一日3錠飲んで

います。

関西電力病院の永田先生にかかっていますが、検査結果は治癒にはまだほど遠いとおっしゃいます。

隈病院で隈先生の診察も受け、甲状腺を全部とってしまえば良いと言われました。

が、それは治療ということを考えた場合、まるで納得が行きませんでした。

大変抽象的な質問で申し訳ありませんが、早く治癒したいのです。私の意識では投薬・手術・放射線

という3通りの治療方法をイメージしますが、それらも含め最新の医療技術で早期完治を望んでいます。

その辺のことを教えていただきたいのですが。大変ナマイキな質問内容で恐縮です。

---先生の答え・要約 12.09-------

・一般的に手術が最も確実で早く治る方法で入院期間は2〜3週間。

・全ての手術は全身麻酔、甲状腺の一部を残し、術後に甲状腺機能が正常になる。

・手術の痛みについては、手術後まだ麻酔が十分に醒めない内に痛み止めを使用することでコントロール

 できる。

・甲状腺機能が正常になるのに数ヶ月から一年程度かかる場合もある。

・手術の瘢痕については、縫合法の工夫と手術後に傷の状況を診、適切な薬を使うので殆どわからなく

 なる。

・要は上手に丁寧な手術と手術後の管理をうまくすることが出来れば、手術は最も良い治療法であるが、

 上手に丁寧な手術をするという事が難しい事なのかも知れない。上手な外科医が必ずしも患者の気持ち

 を汲み丁寧な仕事をしなかったり、丁寧だが下手であるという場合が多いのかもしれない。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

あたしはこの先生の返信メールで、野口病院で手術を受けることを決断しました。

また入院期間中の日記や手術後の写真については、こちらをご覧ください。

 

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